東京寄席
「よせ」と言われたところでやめない演芸噺

第4回
10月下席 10月紅葉興行
「私が愛してやまない芸人さん(その1)
―生で見ることができなかった編―」

いらっしゃいませ、こんばんは。
席亭の横山です。

さてさて、どうも理屈っぽくていけないですね。
このコラム。
前回までのいきなりな論調、反省しています。
少し、場の空気を変えないと。
というわけで、今回は演芸論めいたことはやりません。

そもそも、私自身の自己紹介もしてないわけなんで、
今回から数回に分けて自己紹介代わりに、
私の好きな芸人さんのことを話させてください。
今回は幼少の頃、もしくは青年期にテレビでは何度も見たのに、
ついに生の舞台を見ることなく、
天国へ召されてしまった芸人さんにスポットをあてます。
ただし、そのすべての芸人さんを語るには
とても字数が足りませんので、
特に印象が強い方だけにしたいと思います。

お一人目は林家三平師匠。
私が子供の頃、本当にすごい人気者でした。
落語はどうも堅苦しい(難しい)印象が
子供心にも生意気にあったんですが、
この方の高座やテレビに出ている姿を見て、
こんなにわかりやすい人がいるんだなと思ったものです。
今でも語りつづけられていますが、三平師匠といえば
小噺、マクラのおかしさ、歌、そして独特の風貌や動作で
お客の心を一度につかんでしまう技術は一級品。
子供でも、理屈抜きに笑える数少ない方でした。
三平師匠、もちろん古典落語のネタも持っていたわけで、
現在でもそれらは音源として残っていますが、
その高座を生で見てみたかったですよ。
さらに残念だったのは、意識して三平師匠を見たときには、
大病を克服して復帰した直後。
ということは、すでに晩年。
私は、三平師匠の絶頂期(人気ということでなく)
の記憶が薄いんです。
こればっかりは、本などで知識を得たところでどうにもなりません。

三平一門には現在も大勢の噺家さんがいらっしゃいますが、
この芸風を受け継ぐ方は現れていないの現状です。
でも、こういう大看板の芸風そのものは
受け継ごうとするべきでないんでしょうね。
それでは、いつまでも師匠の影を引きずることになるわけですから。
こぶ平師匠、私は「東京人」の最新号を読んで、
あなたのことを誤解していたことがわかりました。
ぜひ、ご自身の道を切り開いて、
さすが名人の息子だと言われるような噺家さんになってください。

さてさて、お二人目。
芸人さんというよりは役者さんですね、
松竹新喜劇の大看板、藤山寛美さん。
よくテレビでは見ていましたし、
両親はよく新橋演舞場に松竹新喜劇の公演を見に行っており、
寛美さんの面白さを話していたのを覚えています。
その寛美さんの面白さはなんといっても「あほ」。
オール阪神・巨人さんもネタでよくやっていましたよね。
「あのー、もしもし、お父さんですかぁ〜?」
音声なしではお分かりにならない方も多いと思いますが、
寛美さんをご存知の方なら誰でもこのネタは分かる
といっても過言ではないでしょう。
この一言に寛美さんが象徴されているんじゃないでしょうか。
例えはこれも古いですが、鳳啓助さんのマネで
「えっ、鳳啓助でございます。ポテチン。」
とやるのと同じくらい、象徴的な言いまわしですね。
えっ、これも知らない?
失礼しました。
とにかく、本当にそうなんじゃないかと思わせるあほぶりは
天下一品でした。
寛美さんといえば「あほ」がその象徴といえるのですが、
松竹新喜劇は笑わすだけ笑わせて、最後はホロリとさせる人情喜劇を
得意としているので、もちろんただの喜劇役者ではなく、
泣かせることも笑わすことにも天才的な役者さんだったわけです。
また、その生き方も(いかにもな)芸人さんらしく、
酒、借金、役者としての見栄・・・、
そのエピソードは数限りなくあり、
この辺も私をひきつけるのです。
春団冶ではありませんが、
ほとんど「浪花恋しぐれ」の世界ですね。
「飲む・打つ・買う」は芸の肥やしとはよく言われますが、
実際はそれで身を滅ぼす芸人さんの方が
圧倒的に多いのが現実のなかで、
これらすべてを芸の肥やしに昇華させた数少ない方だと思っています。
それも天才的な素養、そして芸人としてのあるべき理想像を
きちんと持たれていたからなのでしょうね。

私は生前の寛美さんの舞台を生で見たことはなく、
一度だけ新生松竹新喜劇の舞台を見に行っただけなのですが、
この時に客演されていた藤山直美さんには、
とにかくほれぼれさせられと同時に、
悔しい思いで一杯になりました。
彼女は見事なまでに父親の芸風を体現し、
またそれだけではなく、
浪花の女をはんなりと演じる才覚も持ち合わせているわけです。
今となっては、
その藤山直美さんの父親である藤山寛美さんの舞台はどれだけ、
面白くどれだけすごかったのかを知る術はありません。
それがとても残念ですね。
いくらビデオで見ても、生の面白さ(その場の空気)は
伝わってきませんから。

そして三人目、横山やすしさん。
実際は「やすきよ」の漫才が、その対象ですが・・・。
私はマンザイブームをもろにくぐりぬけてきた世代ですから、
やすきよは完全にリアルタイム。
印象はひとそれぞれでしょうが、
あのテンポ感、
ボケとツッコミを交互に入れ替えるテクニック、
真面目と反真面目、
今ある漫才の骨格を作り上げたのはお二人だと思っています。
本当に面白かった。
先ほどと言ってることが矛盾しますが、
今ビデオで見ても面白いぐらいですから。
特に漫才という演芸は風化しやすいものですから、
十年以上経った今でも笑えるというのは
本当に凄いことじゃないかと思います。
やすきよに関して言えば、これは時代性をネタに取りいれてないから
ということじゃないでしょう。
時代性を取りいれてない漫才でも、
風化するものはいくらでも風化しますから。
それが誰とは言いませんが。

もともと、特に漫才は生の舞台で見るととても面白いんです。
これは、放送コードや制限時間をあまり気にしなくてもいい、
そして何より
お金を払って見に来てくれたお客様にサービスするのは当然だ
ということなんでしょう。
実際、やすきよさんは15分の持ち時間なのにサービスのあまり、
30分以上も熱演されることがままあったり、
劇場のもぎりのお姉さんがやすきよの出番では、
持ち場を離れてついつい舞台を見てしまった
なんてエピソードも残っているそうで、
生のやすきよはどれだけ面白かったんだか・・・。
こんな逸話の残っている伝説の漫才を
生で見ることができなかったわけで、本当にとても残念ですよ。
せめて、太平サブローさんにはがんばってもらいたいものです(笑)。

そういえば、やすしさんの娘さんの光さんが
大助・花子さんの娘さんと現在
さゆみ・ひかりという漫才コンビを組んでいるのを、
皆さんご存知でしょうか。
今は父親のネタが中心になっているようですが、
あまり「やすしの娘」ということを意識せずに、
がんばって欲しいなと余計なお世話ながら、思っています。
誰がどうやっても(あの)横山やすしにはなれないし、
なられても困ります。
今の時代では。

このお三方に共通して言えることは、
一言で言うと天才肌であったということ。
だから、なかなか後継者が輩出できないわけで、
従ってどうしてもその当時のものに触れてみたくなる
という寸法なのでしょう。

これをご高覧いただいてらっしゃる皆さんはどうですか?
一度生で見てみたかったなぁ、
という芸人さんがいらっしゃいますよね、きっと。
そんな話を皆さんといつか出来たらいいですねぇ、一杯やりながら。

他にも私が生で見てみたかった芸人さん(古今亭志ん朝師匠ほか)は
沢山いるわけですが、例のごとく話が長くなってしまいましたので、
今回はこの辺でお開きにしたいと思います。
今回が故人をテーマにしたということは、次回は・・・。
なんだかダークなネタになりそうですね。
それも寄席の醍醐味ってやつでしょう。

ではでは。

2001年10月好日
東京寄席席亭 横山 講志

次回は11月第1回興行、
「笑いの秋、お楽しみ行楽興行」となります。

追記
吉本の夫婦漫才
「太平かつみ・尾崎小百合」
を皆さんにお勧めします。
はっきり言って、
一回目は訳も分からず全然面白くないかもしれません。
しかし、二回、三回と見るうちに、
その凄さに身をよじるようになるはずです。
ああまで開き直って、
素人っぽさ・イキの合わなさを売りにする漫才は、
なかなか見られないですよ。
東京ではテレビも含めて、
皆さんが目にするチャンスはなかなかありませんが(苦笑)、
たまに新宿のルミネtheよしもとの「7じ9じ」に出ていますし、
ホームグラウンドのNGKでは毎月一週間ぐらいは出演しています。
ぜひ、ごらんあれ。

ごめんなさい。
次回あたりからは、東京の演芸にももっと触れていきますので。

※ 東京寄席は(たぶん)演芸全般を一方的に応援します。

(第5回につづく)

10/17/01 UPDATE

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