kids are alright!!
フクハラトシハル、只今米国留学中

2.野球、サッカー、フットボール

我がフクハラ家の構成は
両親、僕、妹の四人家族なのだが、
僕以外の三人が典型的な大の巨人ファンだ。
何で「典型的」かといえば、
彼らは決して大の野球ファンではなく、
要は巨人が勝てば人生ハッピーみたいな、
御手軽に野球とのお付き合いをしている人たちなのである。
彼ら巨人ファンが
圧倒的与党として君臨している我が家において、
僕は僕で一人千葉ロッテマリーンズファンとして、
そしてサッカー馬鹿として、些細ながらも
我が家の権力構造に一石を投じるレジスタントだった。
土曜の夜7時にはリモコンを握りしめた僕がTVの前に居座り、
まるでどこか懐かしの「牛歩戦術」の如く、
一刻も早く巨人戦を見たいとする与党に対し
地味な抵抗を繰り広げたりした。
結局、そのほとんどの攻防において、我が、
たった一人の「Jリーグ・千葉ロッテ」連合軍勢は
泣く泣く敗走せざるをえない結果を招いてしまったが、
一人ミシガンに居を移した今となっては、
そんな情けない敗戦の日々の記憶すら美しく思える。

我が家は今ごろどうなっているのだろうか。
世代的にもまさしく長嶋茂雄原理主義者だった父親は、
長嶋とともに社会の第一線から退き、
隠居を決めてしまうのだろうか。
あくせくと「午後八時の男」クイズに連夜投稿し続けた妹は、
結局一度も当選しなかったのだろうか?
(ちなみにこのコーナーは一部の巨人ファンを除いて
大不評だったため、今シーズン限りの企画になるとのこと。
当然の結果か)
あと清水はパリーグに来れば間違いなく首位打者は取れるのに、
ベンチスタートなんてもったいない・・・。

話がずいぶん外れてしまった。
何もFC東京のサイトで
巨人について長々と語るほどの任侠ぶりは、
僕は持ち合わせていない。
それはそれで面白いのかもしれないが
今回書こうと思ってるのは、これとはまた別の話だ。

何でかわからないけれど、この世の中には
「野球派」とか「サッカー派」などとかと称して、
この二つのスポーツを対立させたがる人が大勢いる。
確かに野球とサッカーは大きく違う。
でもお互いにそれぞれの面白さと味わいを持った
成熟したスポーツ。
対立なんて狭苦しい事考えないで共存共栄すりゃええじゃないの、
という僕の考えは、彼ら熱狂的、いや偏狭的なファンの方々には
いかんせん通じないようで悲しい限りなのだけど、
我が家においても僕の母親は
サッカーに対して強い敵愾心を持つ強烈な「野球派」の人間だ。

しかしそんな母親でも、もちろんジーコやらカズ、ラモスなどの
国民的な人気を誇った選手や、ペレやマラドーナ、釜本などの
今でも度々ニュースに取り上げられる
過去の偉大な選手名ぐらいは知っている。
アメリカ、フランスW杯予選の時も、試合には一切目も呉れず、
しっかりと自分が「野球派」であることをアピールしていた
我が母親だけど、さすがに日本が勝った、負けたと
結果だけはきっちり押さえていて、
どうやら最近の日本のサッカーは
「釜本・杉山」の時代に比べたら、遥かに強くなったらしい
という感覚は一応あるようだ。

さて、
ところ変わってアメリカではサッカーは
ポピュラーなスポーツとして認知されているのだろうか。

(著者注
 いきなりお断りしておきますが、
 アメリカといっても
 フロリダからアラスカまである広大な国なので、
 とても一義的に論じる事はできません。
 はじめに僕がここで使う、「アメリカ」とは
 僕の周辺にいるミシガンの人間及び
 TV、新聞等のニュースソース等で得た二次情報、
 そして自分の実体験から構成する、
 あくまでフクハラ個人が設定したアメリカ人像の
 マジョリティー、と考えてください。)


ちょっとこの質問に答えるのは難しい。
決してメジャーではないが、
どマイナーでもないといった感じだ。
たとえば、僕がサッカーボールを持って
行き当たりばったりに出会う人々に、
一緒にサッカーしようと誘ったとしよう。
するとゲームができる人数程度ならば、
即座に集める事ができるだろう。
実はアメリカのサッカー人口というのは、
日本と比べてもそんなに開きがない。
たぶん野球やアイスホッケーよりも
競技人口自体は大きくまさっているはずだ。
日本と同様にアメリカでも週末になると、空き地や公園で
サッカーボールを蹴る光景を目にする機会は多い。
ご存知の方もいらっしゃると思うけれど、
アメリカは女子サッカーがかなり盛んな国で、
WMLSというプロリーグもあるし、
高校、中学のいわゆる部活動レベルでは
女子サッカーは日常的なスポーツだ。

”Doing sport”としてのサッカーは
しっかり根を張って確立しているが、
一方”Watching”、”thinking”などの
文化面から斬ってみると、まだまだ立ち後れている感がある。
前回でも書いたが、W杯予選ですら毎試合、
確実にTV中継してくれる保証はないし、
国内プロリーグのMLSにおいては、リーグチャンピオンを決める
プレーオフチャンピオンシップぐらいにならないと
TVの全国放送はない。
94年のW杯、99年の女子W杯の前後には
国内的にも盛り上がりを見せたが、それはほんの一瞬だった。
我がJリーグの盛衰に近いところはあるが
(特に最近になってようやく我に返って、
ジリ貧ながらも持ち直しつつあるところなんか) 、
こうして日々メディアから膨大な情報をキャッチし、
飲み屋で友人と
今日の大熊采配についてグダグダとくだを巻ける分だけ、
僕ら日本人の方がはるかにfootballまで近いのかもしれない。
熱しやすく冷めやすい
瞬間湯沸器のような国民性から変えていかないと、
アメリカに真の”Football Nations”は築けないのだろうか。
市民権は得ているのだけれど、
いまいちメジャーになりきれないスポーツ
として存在しているのが、
アメリカとサッカー現在の関係なのだろう。

なぜアメリカでは、
サッカーがメジャースポーツに成り切れないのか。
次回からはこのテーマを軸に、
コラムを進めていきたいと思います。
当然、浮気性の僕の事だから
どんどん話題は脱線する可能性はあるかもしれないですが、
そうしたら皆さんの手で
僕を軌道修正(post@lovetokyo.net
してやってください。(笑)

(つづく)

12/05/01 UPDATE

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