東京のファンタジスタ、大いに語る。
12月の勝利の歌を忘れない
「東京ナイトスペシャル」プレイバック

リーグ中断期間に開かれたイベント「東京ナイトスペシャル
(東京ガス時代、Jリーグ勢を3連破し準決勝進出を果たした
97年天皇杯の3週連続放映&ゲストによるトーク)
のトークの模様から少しだけお送りします。

<東京ナイトスペシャル第1夜(2003.05.30開催)>
名古屋グランパスエイト1−3東京ガスFC(1997.12.14)と
横浜マリノス1−2東京ガスFC(1997.12.20)のダイジェストを放映後に収録
ゲスト:奥原 崇(FC東京普及部コーチ)/聞き手:荒川 裕治(ライター)

第1回:すごく調子よく臨めた数少ない大会。
第2回:「運動量はないんですけど、いい動きしますね〜」

第3回:コバのこと。

荒川関西大に9−0で勝って、愛媛FCユースに大人気なく勝って(笑)、
そこからグランパスに勝ってからの快進撃じゃないですか。
そういう意味ではグランパス戦をどう捉えられてたんですか。
奥原グランパス戦がどうとかっていうのは正直なくて、
「俺は出れるのか」という(爆笑:第1回参照)
「折角やれるところまで来たのに・・・」
とグランパス戦まではそればかりでした。
(グランパス戦の)前日はよく寝れたんですけど、
それまでよく寝れなかったって記憶がありますね。
荒川大変な、時期だったんですね・・・
奥原大熊(清:現・U18/U20日本代表監督)さんはぼくの大学のコーチで、
僕を東京ガスに引っ張ってくれたんですけれども、あのー・・・
怪我して以降のぼくにはあんまり魅力を感じてなかったらしくて(爆笑)
荒川まー、(大熊さんは)今オランダに行ってるんでいいんですけれども
(場内からいいのかよ!とのツッコミ、笑)
・・・続きを。
奥原東京ガス入って怪我が治ってから、
この大会でまた認め直してもらえたというか。
「あ、こいつで頑張ってみようかな」って、
大熊さんが見直してくれたんじゃないかと(笑)、あのー・・・、
小林(成光)に行ってた目が戻ってきた、みたいな(爆笑、拍手)
荒川この年新人王の小林選手から戻ってきた、と。
・・・コバ頑張れぇ
奥原そうですね。
彼、今大変な状況なのみんなわかってると思うんですけど、
彼が活躍することで、僕が退いても、何ていうのかなあ・・・、
コバが活躍すれば、
「奥原はやれたかもしれない」
ってたとえば思ってもらえるでしょう。
でも、コバがダメだったとするじゃないですか。
他の選手が試合に出たりとか。
したらやっぱり、たとえばいっしょにやってたぼくとか、
原田(智宏:現・東京ガス社員)とか、
蓮見(知弘:現・ベガルタ仙台育成部)とか、
あの辺の価値がどんどん下がっていきますから(場内爆笑)

で、やっぱり、そこでコバが去年開幕からブレイクして、何試合?
ブレイクしすぎちゃって、ムチャクチャ嬉しかったですね、正直。
それで、本人から電話もらったりしましたしね。
「やっちゃいました!」みたいなの(笑、場内から「何を?」の声)
荒川すいません、何をやっちゃったんですか?
奥原え、数週間後ホントにやっちゃうんですけど(苦笑)
荒川わかった、開幕戦の鹿島戦だあ(棒読み)
奥原あのゴールも素晴らしかったですね。
僕は彼がすごい好きな選手であり、
あの、一応、一応、一応僕得意技ドリブルだったんですよ(拍手)
なんですけど、ぼくが現役当時当時ドリブルがうまい選手って、
僕とカブ(鏑木享:元・新潟、現・飛田給東京ショップ!?)と
コバだったんですよ。
(場内「カブー??」の声多発)・・・厳しいですねー。
カブもすごくうまくて、
ナビスコの国立でやった鹿島戦とか抜群だったんですよ。
カブのドリブルっていうのは、僕の中の現実味のあるドリブル。
巧いし。だから見てて、うまく行った試合も
「あ、こいつ今日体キレてんな」とか、
「今日調子いいみたいだな」って思えるんですけど、
コバに関しては、自分のドリブルより一個上の次元を行ってると
彼が高校生で入ってきた時点でぼくは認識してました
(歓声)

・・・専門的になるんですけれど、いいですか?
何故かと言うと、左サイドからドリブルをする時に
右利きの選手は右足でボールを持って、
中に入ればシュートが打てる、
外に持ち出せば左足でセンタリング上げられる状態を作れて、
割とやりやすい状況に持っていけるんです、
右利きの選手が左サイドから、というのは。
でも、彼は右サイドからドリブルを仕掛けた時に
左足でボールを持てるんです。
彼は右利きです。

左足でボールを持って左足で中に入って
左足でシュートを打つこともできるし、
そのまま左足でキックフェイントをして前に出て、
右足でセンタリングということを18歳の時点で出来ていたんですね。
それは今代表の中でやっているのは
たぶん柳沢だけだと思います
(歓声)

それを18歳でやってる時点で
たぶんオレより器は大きいっていうのは思ったんですけれども、
でも同じポジションで戦っていて、
やっぱり彼に勝たなければ試合に出れないんで、
その辺で自分なりに彼に勝つ術を日々考えながらやってましたね。
彼は技量はあって、どこにウィークポイントがあったかというと、
技量じゃない、気持ち(と胸を張る、笑)
気持ちが弱いとかではなくて、一つのプレーとかに割と心を揺るがす、
良いプレーに関しては喜びを表現するんですけれども
悪いプレーの時も逆にすごい落ち込みが深いところがあったんです。
僕は彼が入って2ヶ月くらいの時点で
そのウィークポイントはわかったんですけど、
そこの部分は彼に僕が引退するまで言わなかったんですよ・・・
なぜなら、僕が試合に出れなくなってしまう(爆笑)
そこまでして・・・、子供ですね。
だからたとえば僕が怪我をして、カブが出たり、
タロウ(岡元勇人:現・東京ガス社員)が出たり、
蓮見が出たり、原田が出たりしてても
自分の心の中では「何とかなるかな」っていうのはあったんですね。
コバが出てたら、まずいなというのが心の中にあって。
で、引退した時に僕は彼に「君のウィークポイントは・・・」
ってさんざん話して、試合を見ながらアドバイス出来る所はしていて、
昨年ああいう感じで出て、
もう一皮剥けたじゃんって思った途端に・・・っていうところで。

最近、また彼と話したんですけど、
「またあの場所に戻りたい」、と。
彼もそのー、東京ガス時代からいますんで
サポーターの温かみが一番わかってる選手なんで、
その辺のことは話して・・・必ず戻って、
やっと今もう走れるようになったらしいんでね、
できれば今年中に姿みたいなあ、などと。
今年がダメでも来年きっと出てくるはずだと
僕は信じているんで
(拍手)
その時には是非暖かい応援で迎えて欲しいですね(拍手)


ゲストプロフィール:奥原 崇(おくはら たかし)
堀越学園高校、中央大学を経て1995年東京ガス入り。
切れ味の鋭いドリブル、相手守備を切り裂くスルーパス、アクロバティックなダイレクトプレー、
とにかく豊富な「引出し」を持つ、優れたサッカーセンスの持ち主であり、
ポニーテールをなびかせながら疾走する「東京のファンタジスタ」。
度重なるケガと、そこから過酷なリハビリを経ての見事な復活劇、
という背番号10は彼の敬愛するロベルト・バッジョとダブるものがあり、
「東京のバッジョ」、「ロベルト・オク」としてサポーターに親しまれた。
1999年末にFC東京を現役引退後も、選手としてエリースFC(関東リーグ)やフットサル日本代表で活躍。
3年余の東京ガスでの勤務を経て2003年4月より普及部コーチとしてFC東京に復帰し、
子供達にフットボールの悦びを伝える日々。
将来彼の教え子がトップチームのピッチに立つ日も近い?

07/21/03 UPDATE

このコーナーへの感想・励ましは、
post@lovetokyo.netか、
掲示板へお送りください。

ホームへ戻る
HOME